気付けば、世代が代わっていた。

こんなことがありませんか? 卑近な例でいうと、政治家がいつの間にか世襲されていて二世議員をよく目にするようになったとか。歌舞伎役者が子供の世代に移っていたとか。どちらもメディアに目にする人たちがいつの間にか入れ替わっている。勿論、いつの間にか、というわけはなく時の経過とともに行き着いた人選となっているのでしょう。

物語の中で世代が代わっていく。登場人物が徐々に次の世代へ移っていく。私が今、読んでいるこの物語もまさにそうで、以前までの視点だった登場人物の子供の世代に視点が移っていっています。期間をおいて読んでいるため、私の中で物語がある程度、置いている状態のまま、今回のように発刊されると改めて物語を思い出し、登場人物も改めて確認し、地図(勢力図ですね)も改めて確認します。

その確認作業をしつつ、物語を読んでいくことで物語へ没入していけるというのは、壮大さがこの物語の魅力でもあるということなのでしょう。

壮大さ、と聞いて、これまで私が思い浮かべていたは空間的な広さですが、時間的な深さもこの物語を読んでいて実感しているところです。別の表現だと、深遠さですかね。

 北方謙三氏の他の物語も壮大さの魅力を持っていますが、この物語は格別ですね。私自身が高等学校の選択科目が「世界史」でモンゴル族の歴史に一番魅了されたということが多分に要因として考えられるのですが、それにしても壮大です。

モンゴル族を平定したチンギス・カンが南の金国へ軍を進めているところから物語の設定は始まります。これから交わるであろう登場人物と過去に交わった登場人物の視点が幾重にも重なり、物語が構成されています。

歴史の結末を知っていたとしても、その過程は描く人によって千差万別で、その過程をこれほどまでに楽しめるとは思ってもみませんでした。今まで読んできた北方謙三氏の物語からの期待値は相当高かったと思うのですが、それにしても、この読了後の満足度は期待以上です。

 

 今巻もオススメです。

最後までお読みいただきありがとうございました。

今後ともよろしくお願いいたします。

北方謙三(2021)『チンギス紀 十一 黙示』.集英社.

参考記事


1件のコメント

読書感想文:北方謙三氏『チンギス紀 十二 不羈』 - 大学よもやま話 · 2022-03-17 22:42

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