皆さんは、「事件持ち」という言葉をご存知でしょうか。私、この物語で初めて知りまして、新聞記者間での専門用語と言いますか、俗語と言いますか、要は重大な事件事故によく遭遇する人のことを指すようです。記者の方にとって、それは才能のひとつとみなされているように印象を受けました。

 さて、今回の物語の主人公は、報日新聞の記者の永尾哲平と千葉県警捜査一課四係の津崎庸介の二人です。だと思います、おそらく。と言うのも先ほど触れたように事件持ちという言葉自体が新聞記者間で通用する言葉ですので、永尾と言えば、そうかもしれませんが、津崎の視点を描いた場面が永尾と同様に出てきますので、私は二人と捉えました。

 この物語でも伊兼源太郎氏の特徴である各主人公の心象が丁寧に描かれていて、またもや没入してしまいました。ただ、テーマは正直、重たいです。ネタバレは嫌なので是非とも読んでいただきたいのですが、疾走感がありながらも要所要所で立ち止まって考えさせられる場面が出てきます。それは現在、どのような立場の人でも当てはまることで、本当に考えさせられます。

 物語に出てくる言葉で印象的だったのは「真剣に向き合う」というフレーズ。これって、真摯に取り組むという意味もありながら、字面をそのまま捉えると、刀の真剣と向き合うという意味もあります。確か、司馬遼太郎氏の『竜馬がゆく』だったと思いますが、坂本龍馬が千葉道場の指導者の立場に立った時の指導法として、ただ真剣で向き合うことを指示していました。勿論、私は本物の真剣に向き合ったことがありませんので、実感としては分かり得ませんが、相当な恐怖心があることは容易に推察できますよね。その恐怖心と対峙すること、そのものが練習になるということなのでしょう。

 翻って、現代において真剣に向き合うこととはどうなんでしょうか。本当に真剣に向き合っているのか、言葉だけに終わっていないか。真剣に向き合うには、己の思考量・覚悟が本当は問われているのではないか。そう考えると、少なくとも私はまだまだ真剣に向き合っているとは言えません。真面目に取り組んではいるつもりですが。一瞬にして向こう側へ連れて行かれることの覚悟まではとてもとても。

 伊兼源太郎氏が如何に真剣に向き合ってできた物語であるか、皆さんにも是非、堪能していただきたいです。おススメです。

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

伊兼源太郎(2020)『事件持ち』.KADOKAWA

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