今回の書籍もまた、伊兼源太郎氏の『巨悪』です。

 今回の物語の主人公は東京地検特捜部の検事です。検事をテーマにした物語が多いのは伊兼氏の経歴(新聞社出身)にも依るのでしょうが、普段、生活をしていてほとんど接点がない職業でありながら、これほど物語に没頭できるのはリアリティだけでない、主人公2人のキャラクターとプロットの緻密さに依るのだと思います。

 「巨悪」

 文字だけ見ると、ギョッとしますが、検事が対する巨悪ですから、政治家を想定しそうですが、物語では政治家もすっかり小粒になってしまったとはっきり書かれています。では、主人公二人が対峙する巨悪とは誰なのか、それは是非、読んでいただいてご自身で得心していただければと。私、今までもほとんどあらすじすら言及したことがないのは、既に巷に溢れていますので、私が触れるまでもないかと思っているからです。稚拙ながら、「読書感想文」としているのは、物語にどれだけ没頭出来たかを皆さまにお伝えしたいからです。時間も忘れ、ただ物語に没頭する。なんて至福な時間なんでしょうか。その至福の時間を皆さまにも味わっていただきたい、その一心です。

 話が逸れました。

 二人の主人公はある思いを抱いてそれぞれ検事と事務官という職に就いています。長い間、晴れることの無い思いと向き合わないといけない現実とに押しつぶされそうになりながら、二人とも懸命に生きています。それぞれキャラクターは全く異なるのですが、実はよく似ているように感じました。そこを指摘すると物語を説明しなくてはならないので、是非、ご自身で感じてみてください。

 普段、章ごとの題は気にならないのですが、今回の物語ではやけに視界に入ってきました。

 序 章 悲鳴

 第一章 敗者

 第二章 秘書

 第三章 水脈

 第四章 失踪

 第五章 激流

 終 章 覚悟

各章をこれほど端的に表現されていると頭の中が整理されていき、複雑な物語を読み解く文字通りキーワードとなっています。

 もうひとつ。

 見たものがそのままを現しているとは限りませんし、同じものを見ていても人によって捉え方が異なる。視点も違うし、今まで経験した年数も異なる。常に意識をし、積み重ねていくことでしか見えてこないものが世の中にはある。

この物語の終盤にはこんな言葉が記されています。「どんな細い支流だろうと、集まれば激流になる。」その支流を丹念に追うことが検事の仕事であると。これって、検事の仕事だけに限らないですよね。既述した日々の意識も積み重ねですし、仕事も積み重ね、人との関係も積み重ね。その積み重ねが複雑に絡み合っていくことで様々な事象が生み出されてくる。

職人のような思いに至らせていただける伊兼氏の物語は読んでいる最中は苦しいこともあるのですが、読了後に自分の中に火種を植え付けられているのが実感できる物語です。

皆さまも是非!

最後まで読んでいただき、ありがとうございました。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

伊兼源太郎(2018)『巨悪』.講談社


2件のコメント

読書感想文:伊兼源太郎氏『事故調』 - 大学よもやま話 · 2021-09-05 00:57

[…] 読書感想文:伊兼源太郎氏『巨悪』 読書感想文:伊兼源太郎氏『密告はうたう』 読書感想文:伊兼源太郎氏『警視庁監察ファイル ブラックリスト』 読書感想文:伊兼源太郎氏『金庫番の娘』 読書感想文:伊兼源太郎氏『見えざる網』 読書感想文:伊兼源太郎氏『地検のS』 […]

読書感想文:伊兼源太郎氏『残響 警視庁監察ファイル』 - 大学よもやま話 · 2021-10-13 22:16

[…] 読書感想文:伊兼源太郎氏『巨悪』 読書感想文:伊兼源太郎氏『密告はうたう』 […]

コメントを残す

アバタープレースホルダー

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です